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受賞の言葉 [文藝賞]

 受賞の言葉というものを書きはじめようとして、逡巡している。いっそ書けないなら書けないでよい気もするのだけれど、小説は書きたい。どんなにつまずいても、書きたいと思う。書きながら、人間のみじめさ、不自由さを思い知りたい。むろん僕も、その人間の一員にほかならない。だが、書きながら、身にまとわりついた鎖を振り払い、どっちが前だか後ろだかわからないにせよ、自分の望むほうへと一歩でも踏み出したい。愚者にのみ見える不思議な光景があるのなら、もっともっと、愚かになりたい。僕自身の愚かさを踏み越えて、登場人物には歩みを続けてもらいたい。
 ともすれば、わずかな痛みにも震え、悲観に陥りがちになる自分の心を、書くことで奮い立たせながら生きてきた。いま、僕の書いた小説が、活字となって見知らぬ人々のもとに届けられようとしているという現実に、驚いている。僕自身のためでなく、未知の誰かのためにこそ、書きつづけてきたような気もする。
 最後に、僕の小説をここまで送り届けてくださった皆様に、心より御礼申し上げたい。

掲載誌 : 『文藝』二〇一八年冬号(十月六日発売)
受賞作 : 「いつか深い穴に落ちるまで」
[掲載誌の詳細]https://www.kawade.co.jp/…

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