レンツの劇、ツィンマーマンの曲
新国立劇場にてオペラ『軍人たち』を観た。いや、オペラだから聴いたというべきか。それに、字幕もかなり読んだ。つまり、観たり聴いたり読んだり忙しかったのだが、とても楽しくうれしい忙しさだった。
B.A.ツィンマーマン作曲、若杉弘指揮、ウィリー・デッカー演出。十八世紀ドイツの劇作家J.M.R.レンツの戯曲を原作とするオペラで、この劇作家レンツこそ、僕の大学院生時代の研究対象だった。原作の戯曲『軍人たち』を、私的に翻訳したこともある。そんなこともあって、今回の公演にとりわけ興味を惹かれたのだった。
レンツは生前不遇であり、死後もマイナーな作家でありつづけている。作品も、完成度の高さよりは、ひずんだ世界像のまがまがしさやいかがわしさに特徴がある。そんな風変わりなものがオペラとなって、こうして日本で上演されるというのは大変めでたく、ありがたいことだ。
レンツの劇世界では、個人は社会や組織の網の目に固く組み込まれ、意志の声を上げるもかき消されて、徹底的に受動的に、網の動きに翻弄される。肉体に宿る混沌たる欲望の活力ですら、網の目から個人を解き放つには無力であり、ただ死をもってしか網から抜け出ることはできない。このような、ある種絶望的な世界観が根底にある。今回の舞台では、ときに水平となり垂直となり、またときに斜めになって登場人物を弄ぶかのような床や壁の動きが、社会や組織の無機的にして強圧的な力を示唆しているように感じられた。モノトーンの舞台のなかに、鮮烈な赤い衣装の軍人たちが、抑圧されいびつにされた欲望の大群のようにうごめているさまは、不気味で哀切だった。
無調音楽の混沌として切迫した響きも、劇世界と不思議なほどによく噛み合っていた。人の世の喧騒と不安と官能を粉々に砕いて音符として再構成したような、猥雑かつ壮大な音楽世界が広がっていた。
そんなこんなで舞台を堪能して帰路に就こうとしたら、大学・院時代の先輩夫妻にばったり出くわした。「ツィンマーマンのオペラというよりレンツの劇のほうに興味があって見に来たという観客は、十人くらいだろう」と、先輩(夫のほう)にからかわれる。飲み屋に場所を移してしばし歓談ののち、帰宅。