魂の探索、高揚する肉体
アレクサンドル・ソクーロフ監督の『ファウスト』を観た。ゲーテの『ファウスト』を下敷きにしながら、自由な翻案が施されている。銀座のシネスイッチにて上映。
死体を解剖し、魂の在り処を探ろうとするファウスト。暗闇にうすらぼんやりと浮かび上がる肉色の臓物らしきものの場面から映画は始まる。肉の過剰と魂の不在。それがこの映画の基調をなしている。
死体解剖や肉体治療の場面のなかで、食べるという行為が描かれる。乱雑に、薄汚く、ときに手づかみで。食欲の源である肉体というものの汚らわしくて猥雑な生命感を際立たせるかのように。
石造りの家に、崖の岩肌の目立つ町並み。道を行く葬列の黒装束の人々。無彩色の暗鬱な色調が画面の中心を占めている。それゆえに、たとえば地下の巨大な洗い場で洗濯をする女たちの白ずくめの装いがひときわ鮮やかに感じられ、ファウストが見初める少女マルガレーテも、そのまばゆい白さのなかに登場する。この場面では、原作の悪魔メフィストフェレスにあたる高利貸マウリツィウスが、肉粘土をこね合わせたようなグロテスクな裸体をさらして水浴びするが、下腹部がつるりとしている代わりに尻のうえに小さな性器のようなしっぽ(あるいは、しっぽのような性器)が生えている。食欲と並んで性欲の源でもあるはずの肉体が、高利貸の職業的金銭欲によって奇妙にねじ曲げられてしまったようでもある。
ファウストは、酒場での乱痴気騒ぎのなかで、誤ってマルガレーテの兄を刺殺してしまう。そのことを伏せて、償いの意識を持ちながら、マルガレーテと近しくなるファウスト。だが、真相をマルガレーテに密告する者がある。
マルガレーテがファウストの部屋へやってくる。訪問の目的は、兄を刺殺した犯人はあなたではないのか、と問い質すためだった。しかし彼女はなかなか用件を切り出せない。身にまとったかさばるスカートをわずらわしげに振り回すマルガレーテの無邪気そうでいながら誘惑的な態度。ベッドのうえに座ってファウストを見つめ、ファウストもまた彼女を見つめる。何も起こっていないのに何かが起こった以上の官能を漂わせる時間が続く。ついに彼女が用件を切り出し、ファウストは事実を認める。
事実の露見に憔悴しつつ、ファウストは、マルガレーテと一夜を過ごしたいという望みをマウリツィウスに持ちかけ、魂と引き替えに、という契約書に署名する。臓物をかき分けてもどこにも見当たらなかった魂と引き替えに……。
思いを遂げるらしき暗示的な場面を経て、ファウストはマウリツィウスに殺伐とした岩山へと連れ出される。契約に従って魂を奪われるべきファウスト。だが彼は、契約書を引きちぎり、マウリツィウスに小岩をいくつも投げつけて埋もれさせ、得体の知れない生命の高揚感にいざなわれるまま、果てしなく続く岩と雪原の光景へと解き放たれたように歩み出す。"Dahin, dahin! Immer weiter!(向こうへ、向こうへ! いつまでもずっと!)"という力強い雄叫びを後に残して。魂とは、不可視の流れとして体内にみなぎり肉体を高揚させる生命感の別称であったのかもしれない。