暴虐のかなたに
渋谷のシネパレスにて、北野武監督『アウトレイジ ビヨンド』を観た。
前作『アウトレイジ』での状況を引き継いだ設定になっているけれど、独立した一編としても観賞できる。本でも映画でも、タイトルに『2』と入っていると、ああこれは前作の続きなんだなという気分になってしまうが、『ビヨンド』というのはむしろ前作を踏み越えていくという意志が感じられて好もしい。
本作では、関東の一大暴力団勢力・山王会の内部での実権争いに関西の花菱会が絡んできて、両会の果てしなき抗争が続いてゆくさまが描かれる。野心だったり猜疑心だったり復讐心だったりとさまざまな負の激情を燃料として凄惨な殺戮が繰り広げられてゆくが、軽快なテンポでときに乾いたユーモアを交えつつ、組織というものがしばしば抱える権力闘争の実相を的確にえぐり出しているがゆえに、陰惨というよりむしろ爽快な印象すら受ける。殺戮というのを比喩的に捉えるならば、こういうことはさまざまな組織で日々密やかに勃発し、進展しているのではないか。政治の世界しかり、会社組織しかり……。
あまた描かれる人物のなかでも、まず、刑事の片岡(小日向文世)の個性に目を惹かれた。小物ぶっていながら実は全てを把握しているかのように裏で糸を引いていて、にやりとへりくだった笑顔を見せつつ本心では笑っていない表情に、妙な存在感が滲み出ている。この男が個々のヤクザに巧みに働きかけて、彼らの野心や猜疑心や復讐心に火をつけ、抗争を過熱させてゆく。片岡の口から「フィクサー」と呼ばれる韓国人のボスが出てくるが、この映画のなかで真のフィクサーといえるのはむしろ片岡のほうだ。暴力団組織につぶし合いをさせることで勢力の弱体化を図るという、ある種、反則的な方法で冷徹に職務を推し進めているようでもあり、その過程で起こる抗争をどこかおもしろがっているようでもあり、この成果によって警察組織内部での自らの出世を図ろうとしているかのようでもある。この突き抜けた卑劣漢ぶりがかえって小気味よい。
主人公の大友(ビートたけし)の存在感も別格である。彼もまた、片岡にうまいこと焚きつけられた一人ではある。だが、抗争にひたすら前のめりになってゆく他のヤクザたちとは異質な雰囲気がある。もう俺はいいよ、と言いたげな気だるい倦怠感をまといつつ、腐れ縁を絶てずに仇討ちの闘いに駆り出されてゆく。どこか冷めているようでありながら、大友にとってあえて守るに値するものがあるとすれば、それは人と人との信義であり、ヤクザの世界にもかつては底流していたはずの人情であるようだ。
ラストシーンで、仲間の葬式に姿を見せた大友に、丸腰で式場に入っては危ないからと片岡がお節介を焼くそぶりで拳銃を手渡す。その直後、くすんだ銃声が何発か響く。片岡がついにおのれの策略に裏切られ、大友がついにヤクザの真の敵への復讐を遂げた瞬間であった。