『ニューサポート 高校国語』にエッセイを寄稿
教育情報誌『ニューサポート 高校国語』Vol.45(2026年春号)にエッセイが載りました。〈令和9年度 新・教科書 採録筆者エッセイ〉という特集のなかの1篇です。
題は「上野駅から乗ればよかった」。ふるさとをめぐるあれこれと、教科書採録の小説「最後のドッジボール」のことを書きました。
一部を引用にてご紹介します。
さまざまなふるさとで過ごしてきたなかの一場面を、少しばかり思い起こしてみたい。高円寺の入り組んだ住宅街に建っている、平屋建てのあばら家。そこから二人の子供が走り出てくる。一人は姉で、もう一人が僕だった。日曜日の午前中。小走りで道を踏み、右に曲がり、次は左に曲がって、ゆるい坂道をくだってゆく。
坂の尽きたところの角に、黒ずんだ木造の駄菓子屋がある。木枠のガラス戸を姉が引き開け、僕も続いてなかに入る。初夏の日差しのもとから店内の日陰に潜り込むと、空気は少しひんやりとして、かすかに甘ったるい匂いをはらんでいた。戸のひらく音に反応して、ほどなく出てきた老婆は、歳を重ねるうちにいくぶん縮んで干からびてしまったような風貌で、瞳だけがみずみずしく穏やかに潤んでいた。
姉と僕は、母から五十円ずつ小遣いをもらって、買い物に来たのだった。ヨーグルトに似たクリーム状のものを固めた菓子、さくらんぼ風味の小粒の餅、オレンジ味の球形のガム、うまい味の染みついた棒状の菓子……。野ねずみの巣穴のような店内に、十円で買える食料がわんさと蓄えられている。小さな角材のような形をした麩菓子には、一本十円と二十円の二種類があった。黒糖の塗りの厚みが違っていて、十円のほうは薄い赤茶色、二十円のほうは焦げ茶色をしていたけれど、大きさは一緒で、ブリキのフタのついたガラスの容器に詰め込まれていた。十円の駄菓子だけならば、ポケットのなかの五十円玉で、五つ買える。でも、ほんの少しのぜいたくだってできる。僕はおそるおそる、二十円の厚塗りのほうのフタに手をかけた。
PDF版がウェブで公開されており、全文をお読みいただけます。
ニューサポート高校「国語」vol.45(2026年 春号)

