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随筆・エッセイ

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『神戸新聞』での「随想」連載が最終回を迎えました

投稿日:

 

 『神戸新聞』夕刊1面「随想」欄での連載が最終回を迎えました。
 2026年1月から4月まで、下記の8回分でした。夕刊のない地域では、翌日朝刊に載りました。

  • 第1回「ときどき神戸」1月9日付夕刊
  •  初めて神戸を訪れたのは、はたちの夏のこと。

  • 第2回「おかしな基準」1月26日付夕刊
  •  かつて貧乏学生であり、なおかつお菓子好きだった。

  • 第3回「さらぴんのさらぴん」2月9日付夕刊
  •  聞き慣れない言葉の新鮮な響きに、思わず僕はわくわくした。

  • 第4回「抵抗する孤島」2月25日付夕刊
  •  硫黄島のはるか北に、さらに小さな、北硫黄島という島がある。

  • 第5回「大観音が傾くとき」3月11日付夕刊
  •  この揺れが、どれほど大きな災害をもたらすことになるのか、まだわかっていなかった。

  • 第6回「双葉の遊び場」3月26日付夕刊
  •  新しく小さな社のかたわらに、堂々たる杉の老樹がそびえていた。

  • 第7回「ナップザックとリュックサック」4月9日付夕刊
  •  ならば、いままで僕がナップザックと思っていたものはなんと呼べばよいのだろう。

  • 第8回「非常時の主催試合」4月23日付夕刊
  •  仕事の後で、神戸の球場へと足を延ばす。……東北と北海道のチームが関西で対戦する巡り合わせとなっていた。

 題材は自由でしたが、連載をきっかけに、自分と神戸との接点にあらためて気づくことにもなりました。
 随想は、オンラインの神戸新聞NEXTにも掲載されています(会員記事)。

 随想|神戸新聞NEXT
 https://kobe-np.co.jp/rentoku/zuiso/

 https://searching.kobe-np.co.jp/?kw=随想+山野辺太郎

『ニューサポート 高校国語』にエッセイを寄稿

投稿日:

 

 教育情報誌『ニューサポート 高校国語』Vol.45(2026年春号)にエッセイが載りました。〈令和9年度 新・教科書 採録筆者エッセイ〉という特集のなかの1篇です。
 題は「上野駅から乗ればよかった」。ふるさとをめぐるあれこれと、教科書採録の小説「最後のドッジボール」のことを書きました。
 一部を引用にてご紹介します。

 さまざまなふるさとで過ごしてきたなかの一場面を、少しばかり思い起こしてみたい。高円寺の入り組んだ住宅街に建っている、平屋建てのあばら家。そこから二人の子供が走り出てくる。一人は姉で、もう一人が僕だった。日曜日の午前中。小走りで道を踏み、右に曲がり、次は左に曲がって、ゆるい坂道をくだってゆく。
 坂の尽きたところの角に、黒ずんだ木造の駄菓子屋がある。木枠のガラス戸を姉が引き開け、僕も続いてなかに入る。初夏の日差しのもとから店内の日陰に潜り込むと、空気は少しひんやりとして、かすかに甘ったるい匂いをはらんでいた。戸のひらく音に反応して、ほどなく出てきた老婆は、歳を重ねるうちにいくぶん縮んで干からびてしまったような風貌で、瞳だけがみずみずしく穏やかに潤んでいた。
 姉と僕は、母から五十円ずつ小遣いをもらって、買い物に来たのだった。ヨーグルトに似たクリーム状のものを固めた菓子、さくらんぼ風味の小粒の餅、オレンジ味の球形のガム、うまい味の染みついた棒状の菓子……。野ねずみの巣穴のような店内に、十円で買える食料がわんさと蓄えられている。小さな角材のような形をした麩菓子には、一本十円と二十円の二種類があった。黒糖の塗りの厚みが違っていて、十円のほうは薄い赤茶色、二十円のほうは焦げ茶色をしていたけれど、大きさは一緒で、ブリキのフタのついたガラスの容器に詰め込まれていた。十円の駄菓子だけならば、ポケットのなかの五十円玉で、五つ買える。でも、ほんの少しのぜいたくだってできる。僕はおそるおそる、二十円の厚塗りのほうのフタに手をかけた。

 PDF版がウェブで公開されており、全文をお読みいただけます。

 ニューサポート高校「国語」vol.45(2026年 春号)
 https://ten.tokyo-shoseki.co.jp/detail/120109/

『神戸新聞』の「随想」欄でエッセイを連載します

投稿日:

 『神戸新聞』夕刊1面「随想」欄でエッセイを連載することになりました。
 日替わりで登場する執筆陣の一人に選んでいただきました。題材は自由とのことで、神戸のことも、神戸以外のことも書いていきます。
 2026年1月〜4月に月2回ずつ、計8回の予定です。初回は1月9日(金)掲載。夕刊のない地域では翌日朝刊に載ります。
 写真は、次期執筆陣の予告記事が載った紙面です(12/16夕刊)。
 「随想」欄は、神戸新聞NEXTにてオンラインでもお読みいただけます(会員記事)。

 随想|神戸新聞NEXT
 https://kobe-np.co.jp/rentoku/zuiso/

【追記】
 計8回、下記の日の夕刊に掲載されます。

  • 1月9日(金)、1月26日(月)
  • 2月9日(月)、2月25日(水)
  • 3月11日(水)、3月26日(木)
  • 4月9日(木)、4月23日(木)

 オンライン版では、第1回(1/9)掲載分については無料会員でもお読みいただけます。第2回以降は有料コンテンツになるようです。

 神戸新聞の紙版のバックナンバーは、発行から4週間まで、下記のサイトでお求めいただけます。

 新聞バックナンバー(いいモノがたり)
 https://iimonogatari.kobe-np.co.jp/backnumber

『駒場文学』第100号に寄稿したエッセイのご報告

投稿日:

 『駒場文学』第100号にエッセイを寄稿しました。学生時代に所属していたサークル・東京大学文学研究会が発行する雑誌で、記念号ということでOBとして執筆を依頼されました。2024年11月に発行され、駒場祭や文フリ東京で頒布されています。発行から1年ほどが経っていますが、遅ればせながらのご報告です。
 題は「道化の華の読書会」。新入生当時の思い出をつづりました。冒頭を引用にてご紹介します。

 三十年まえの黒い表紙の手帳が手元にある。東大駒場キャンパスの生協で買い、ズボンのポケットに入れて持ち歩いていたものだ。ひらいてみると、文学研究会の新歓コンパに参加したのは一九九四年四月十八日、月曜日の夜だったことがわかる。キャンパスの裏門を出て渋谷まで歩き、ちとせ会館にある居酒屋で飲み食いをしたという記憶がおぼろげながらよみがえってくる。

 このたび、当サイトの「作品倉庫」に全文を収録しました。続きはこちらからお読みください。

 道化の華の読書会(全文)
 https://yamanobe-taro.jp/works/es0008-doke/

朝刊小説「大観音の傾き」連載を終えて、エッセイを寄稿

投稿日:

 『河北新報』10月2日付朝刊の文化面に、エッセイを寄稿しました。「連載を終えて」という題をいただき、書いたものです。見出しは〈朝刊小説「大観音の傾き」連載を終えて 山野辺太郎さん 脳裏に大仏と支え合う姿〉。
 一部を引用にてご紹介します。

 二〇一一年の秋、仙台の仮設住宅地をワゴン車でまわる移動図書館に、スタッフとして参加した。東京で会社勤めをしていたものの、その活動に一週間だけ時間を振り向けることが許されてのことだった。その年の三月に起こった東日本大震災の惨禍は、震源から離れたところに暮らす人々の心にも痛みをもたらしていた。まして東北、仙台は、僕が大人になるまでのあいだ少なからぬときを過ごした土地だった。
(中略)
 いつしか、仙台の丘陵地に立つ大観音のことが、きたるべき小説の登場人物として頭に浮かぶようになっていた。あのおかたは丘のうえにいて、大きな地震のあったとき、海から陸地へとせり上がってきた黒い水のかたまりを身じろぎもできずに見つめていた。直接ではなく映像を通して触れた者も含め、なすすべもなく目撃者となるしかなかった人々の痛みに通底するものを、あの巨大な体に抱えて立ちつづけているのだ。

 河北新報オンラインでも公開されており、無料の会員登録で全文が読めます。

 朝刊小説「大観音の傾き」連載を終えて 山野辺太郎さん 脳裏に大仏と支え合う姿(河北新報オンライン)
 https://kahoku.news/articles/20241002khn000006.html

 また、同日の「デスク日誌」でも、「連載小説」と題して「大観音の傾き」を取り上げていただいています。ご執筆は同紙文化部の渡辺ゆきさんです。
 こちらも一部を引用にてご紹介します。

 小説は東日本大震災や地方都市の地域事情に触れる部分も。主人公の心模様をたどるうち、仙台と二重写しのもう一つの現実を共に生きた気分になった。
 市在住の画家樋口佳絵さんの挿絵は荘厳でポップな大観音をはじめ、タンポポの綿毛をふわりと描く画力に魅せられた。24話の海辺に立つ主人公を見て以降、小説を届け終える安堵感とも喪失感ともつかない不思議な気持ちになっている。

 デスク日誌(10/2):連載小説(河北新報オンライン)
 https://kahoku.news/articles/20241002khn000022.html

短歌にまつわるエッセイを寄稿しました

投稿日:

 短歌誌『メルクマール・メルルマーク』にエッセイを寄稿しました。
 雨月茄子春さんの個人発行の雑誌です。
 エッセイの題名は「すみれを摘みに」。冒頭を引用にてご紹介します。

 すみれを摘みに春の野原に出かけたことがある。
 山道をしばらく歩いてゆくと、視界がひらけた。草の緑に、青紫の可憐な花。あたり一面、すみれが咲いていた。すみれのあいだを揺らぎながら飛ぶ白い羽、あちらには黒い羽、向こうにはだいだい色の羽、さまざまな色の蝶たちの姿が目に留まる。自分には羽がない。すみれをそっと踏んで歩いた。すみれ、すみれ、と心のうちで唱えてみる。須美礼、と文字を思い浮かべる。目に映る無数の小さなすみれたち。花に表情はあるのだろうか。微笑んでいるようにも感じられる。人の世に生きる憂さを忘れて、心が解きほぐされてゆく。何も知らぬ赤ん坊に還ってゆくようだった。

 2022年5月29日(日)開催の第三十四回文学フリマ東京にて頒布されます(越冬隊ブース・タ-10)。

 第三十四回文学フリマ東京
 https://bunfree.net/event/tokyo34/

 また、下記のサイトから通販でも購入できます。

 短歌誌「メルクマール・メルルマーク」(うげつなすはるのお店)
 https://ugetsunasuharu.booth.pm/items/3879284

『小説 野性時代』4月号にエッセイ「釣り竿とおもり」掲載

投稿日:

 

 『小説 野性時代』4月号(3月発売)に、エッセイ「釣り竿とおもり」が載りました。
 「私の黒歴史」というコーナーです。
 冒頭を引用にてご紹介します。

 僕が釣り竿をめぐる小事件を引き起こしたのは、小学一年の春の終わりごろだった。
 当時、僕は埼玉県の越谷市で暮らしていた。小学校入学をまえに、都内の古びた借家から、越谷の小さな中古住宅に引っ越してきたのだ。けれどもすぐに父の転勤があったので、この地で暮らしたのは小一の一学期、四ヶ月ほどに過ぎなかった。
(p.287)

 『小説 野性時代』4月号の紹介ページ
 https://www.kadokawa.co.jp/product/321901000098/

『UOMO』2020年1月号にエッセイ「幻のマフラー」掲載

投稿日:

 

 集英社のファッション誌『UOMO』2020年1月号〔’19/11/25発売〕に、エッセイ「幻のマフラー」が載りました。
 特集「僕らが本当に贈りたくなったもの」のなかの一ページです。
 冒頭を引用にてご紹介します。

 誕生日のプレゼントに、マフラーをもらったことがある。僕はそれを幻のマフラーと呼ぶ。短いあいだだけ、僕の首まわりに寄り添ってくれた。そしてふっつりと姿を消してしまった。
(p.171)

 『UOMO』2020年1月号の紹介サイト
 https://shueisha.tameshiyo.me/4910118810100

「Webジェイ・ノベル」にエッセイ「僕の選んだ鉄道で行ける秘湯ベスト3」掲載

投稿日:

 実業之日本社の文芸ウェブマガジン「Webジェイ・ノベル」より原稿依頼を受け、「私の○○ベスト3」というコーナーにエッセイを寄稿しました。
 「僕の選んだ鉄道で行ける秘湯ベスト3」という題名で、下記のサイトからお読みいただけます。

 リレーエッセイ 私の○○ベスト3(Webジェイ・ノベル)
 https://j-nbooks.jp/novel/original.php?oKey=88
〔目次ページ → 2019.07.30、Vol.24〕

『群像』2月号に随筆「北條君と過ごしたインド」掲載

投稿日:

 『群像』2019年2月号〔1月7日発売〕に随筆「北條君と過ごしたインド」を寄稿しました。
 冒頭を引用にてご紹介します。

 当面の命をつなぐためにインドへと旅立ったのは、ずいぶんとでたらめな行動だったようだけれど、いまもこうして生き延びているのだから、あながち悪い決断ではなかったに違いない。

 続きは雑誌にてお読みください。

 群像 2019年2月号 “もくじ”(講談社)
 http://gunzo.kodansha.co.jp/52563/52618.html




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