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サフラン

 菜摘と出会ったのは四年まえの梅雨どきだった。河瀬と飲みたがってる女の子がいるから、と友人の吉村に誘われて、そんなふうに異性から名指しで飲みたがられたことなど生まれて初めてだった俺は完全に舞い上がってしまい、七時の約束のところ、六時二十分ごろにはもう下北沢の駅前に突っ立っていた。昼間に降りつづけた雨の名残で路面は濡れて、空気は重だるく湿り気をはらんでいた。ときおりあたりの人混みを縫ってうろうろしながら待っているうちに吉村が現れ、七時ちょうどに駅から出てきたのが、菜摘だった。小柄で、皮をむいた白桃のような肌をしていて、愛嬌のある厚めの唇とやわらかいまなざしの焦げ茶の瞳が、輪郭の丸い顔立ちのなかで際立っていた。俺たちは、吉村が予約していたアジア料理店に連れ立って出かけた。
 俺にとっては初対面だったけど、菜摘のほうはこれより二週間まえ、吉村らと行った球場で俺の姿を目にしていたらしい。大学野球のリーグ戦を観にサークルの仲間四人で訪れたうち、二人が俺の学校、二人が相手校の学生だった。どうやら相手校のほうが勝ちそうだということで、みんなでそっちの応援席に陣取ったというから薄情なものだ。菜摘は勝ちそうなほうの学生だった。運がよければ友達がチョイ役で出るかもしれないぞ、と吉村が話していたそうだけど、実際、その機会はめぐってきた。
 七回裏、ノーアウト一、二塁で、俺は代打として右のバッターボックスに立った。送りバントのかまえで二度ファウルチップのあと一球見送って、カウント・ワンボール・ツーストライク。俺は打席を外して頬をふくらませ、大きく息を吐いた。ふたたびサインどおりにバントのかまえで次の一球、外角高めのボール気味の球に身を乗り出してバットを合わせた。スリーバントの打球は球足速く、投手と前進していた三塁手とのあいまをすり抜けてレフトまえに転がり、ヒットになった。俺としては球威を殺しそこねたという思いがあって何かの間違いに近かったけど、入学以来四年目でのリーグ戦初ヒットには違いなく、はやし立てる自軍ベンチとその背後で沸き立つ応援席に向かって会釈して、ヘルメットのつばに何度か手をかけた。あのちょっと恐縮している感じがよかった、と俺は菜摘から言われてあらためて恐縮するものを覚えつつ、象のラベルのタイ産ビールをいそいそと口のなかに流し込んだ。あのヒットで満塁となってから、けっきょく得点は入らず試合も負けに終わったんだけど、菜摘という女の子があんな場面を二週間も覚えていてくれたんだと思うと、どんなヒットでもいいから一本出るというのは大きなことだと感じたものだった。
 それから二人だけで会うようになり、菜摘との交際が始まった。俺にとってはリーグ戦での初ヒットよりも異性との初体験のほうがあとだった。それも一度目の夜、二度目の夜は失敗に終わった。一人でいるときにはまるで恥ずかしげもなくいきり立ち、空威張りしている下腹部が、いざ菜摘のすべらかな裸体をまえにすると緊張のあまりしょげ返り、いくらかふくらみかけたところでゴム製の覆面をかぶって股のあいだに分け入ろうとするんだけど、入りきらずにまごついているうちに空しく発射してしまうという事態が繰り返された。
 三度目の夜にも、同じことが起こった。ごめん、また……という俺の声は消え入りそうだった。くずおれるように菜摘の胸元に顔を沈め、情けないやら申しわけないやらで泣き出したいところを耐えていた。菜摘の胸のはざまにはじんわりと汗がにじんで、いい匂いがした。菜摘は俺の短い髪を手でなぜながら、百回ぐらい一緒にやってみて様子を見ればいいよ、まだ三回しかしてない、と穏やかに言った。俺はコンドームを外して根元を結わえると、こらえきれずに頬を伝った涙を手の甲でぬぐって、打ちしおれた下腹部のさきをちり紙でふいた。それから、いたわってくれた菜摘をいたわり返すつもりでそっと抱き寄せた。軽い口づけをしたつもりだったけど、互いの舌が触れ合い、次第に深く吸い合って、菜摘の背骨のおうとつを俺の指がなぞるようにさすっているうちに、ふと下腹部が熱を帯びてみるみる硬く膨張を遂げた。菜摘の太もものつけ根に手を這わすと、湿った感触がある。俺はどぎまぎしながら新しいコンドームを取り出して装着し、凝り固まったものをやわらかい入口にゆっくり押し当て、なかへと沈み込ませていった。
 菜摘の部屋の片隅には、黒くつやのよい電子ピアノが置いてある。居酒屋のアルバイトで貯めたお金で買ったものだと聞いていた。秋田の実家には、子供のころから弾き慣れたアップライトピアノがあるそうだけど、ヘッドホンが使えないので都会でのアパート暮らしに持ち込むことはできなかったようだ。菜摘は高校までクラシックピアノを習っていて、一時は音楽大学への進学も考えていたらしい。大学ではジャズのサークルに入って、そこでも弾いていたけど、もう引退したんだと言っていた。菜摘の部屋で過ごしているとき、何か弾いてみてほしいと幾度か頼んでみたことがある。下手で恥ずかしいし、もう指がなまっているからと、菜摘は一度も俺のまえでは弾かなかった。でも、たまに譜面台を見てみると、そのたびごとに楽譜の違うページがひらかれていた。
 ピアノ弾きにふさわしい指の形とはどういうものか、よく知らないけど、長いほうがいいんだろうというくらいに漠然と思い込んでいた。だけどその考えは、菜摘の手を見ているうちに改められた。菜摘の指はそれほど長くなく、関節が太くて頑丈そうで、愛らしい働き者の五人姉妹みたいだった。俺は菜摘の横で眠りに就くとき、その指の形を確かめるように自分の手でそっと包み込んでみることがあった。
 ある秋の日の大学からの帰り道、やはり学校帰りの菜摘と新宿駅で落ち合うと、ご飯を食べていくか家で作るかを相談し、小田急線に乗って梅ヶ丘に行った。スーパーで夕食の食材を買ってから、菜摘のアパートへ向かう途上、大きな公園の散歩道を二人で歩いた。落ち葉は濡れてるのより乾いてるのが好き、と菜摘が言った。乾いた落ち葉を踏むときのカリッていう音と感触がいいんだ、と聞いて俺も乾いた落ち葉が好きになった。足元でカリッ、カリッと音がしていた。
 アパートに着くと、俺は菜摘と並んで台所に立ち、マッシュルームなんて栄養あるの? などと訊きながら料理に励んだ。この日作ったのはビーフシチューで、菜摘から水泳用のゴーグルを貸してもらってタマネギを切った。菜摘は笑ってくれて、俺は涙を流さずに済んだ。
 翌朝、菜摘が大学に出かけようとしているとき、俺は授業に出る支度をしに自分のアパートへいったん帰るのもおっくうだからと留守番役を買って出て、ベッドに寝転がったまま手を振って見送りをした。菜摘は困ったように眉間にちょっとしわを寄せ、ベランダにあるサフランの鉢植えに水をやるようにと言い置いて出かけていったけど、眠り直しているうちに俺は水やりのことを忘れてしまった。それでもやがてサフランは真っ赤な雌しべを伸ばした薄紫の花を見事に咲かせた。
 年末になって俺は熊本、菜摘は秋田に帰って年を越した。卒論が書けずに留年予定であるとの報告に始まる重苦しいやりとりを俺は両親と交わすこととなり、すっかり陰鬱になって東京へ戻ってきた。菜摘と浅草寺に初詣に出かける約束をしていた。よどんだ気分を引きずったまま出かけていったんだけど、待ち合わせ場所の雷門のまえに立っていた菜摘の頬の赤みと笑顔を見たら、瞬時に心がほぐれてようやく正月を迎えた気分になった。雷門の大きな提灯のしたをくぐって境内に入り、土産物屋の並ぶ仲見世を二人で歩いているうちに、ちらちらと小雪が舞いだした。雪だ雪だと俺が他愛もなくはしゃいでいると、これっぽっち、と菜摘が笑った。なっちゃんの地元じゃ相当積もって大変なんだろうな、雪かきとか、と俺が言うと、雪は子供にとって最高の遊び道具だよ、もう子供じゃないけど、わたしは好きだな、雪のない暮らしも気楽でいいけど、ちょっと味気ない、と菜摘が応えた。それを聞いた俺の脳裏に、見たことのない菜摘の郷里の雪景色が思い浮かんだ。大きな雪の粒がいくつもいくつも、地上を覆い尽くすように降りつづいているなか、長靴の足跡をつけて歩いてゆく子供時代の菜摘の着ぶくれた後ろ姿が、おぼろげに見えた気がした。
 終止符は突然打たれた。少なくとも、俺にとっては。初詣のあと、菜摘が卒論の最後の追い込みに入るということで、会えない日が続いた。終わったころに、打ち上げをしようと誘ったところ、飲み屋ではなく喫茶店を指定された。向かい合わせに座ると、菜摘の表情がいつになく硬く張り詰めていて、何か悲しいことがあったのだろうかと思ったら、別れを切り出された。ジュンはわたしとつき合うようになってから、だらしない人間になってしまった、わたしがそばにいたのが悪いんだ、と菜摘は言った。そんなことはない、俺はもともとだらしない人間だった、なっちゃんのせいじゃない、と言ってみたところでなんの弁明にもならなかった。恋人と別れるというのも俺にとって初めての経験で、どうしていいかわからないなりに真剣になった。それじゃあ俺、ちゃんと別れるから、連絡先も消すよ、と菜摘に言った。踏ん切りをつけるつもりで口にしたことだったけど、図らずも菜摘に対する拒絶の響きを帯びてしまったかもしれない。菜摘はしばし沈黙してから携帯を取り出して、じゃあ、わたしも、と言った。登録を消しながら、菜摘は泣いていて、俺もまた同じだった。
 それから俺は心を入れ替えて学業に励むでもなく、引越のアルバイトと麻雀に精を出した。年度替わりの春にはとりわけ引越が多く、俺自身はどこへも旅立つことのないまま、新生活への旅立ちの手伝いを何件となくこなしてまわった。雀荘に通っては、砂糖ありミルクありのコーヒーをすすり、自分では吸わない煙草の副流煙にまみれて、牌をめくりながら脳内に感嘆と落胆のさざ波を刻みつづけた。
 一年ならず二年遅れて、ようやく卒論の提出にこぎ着けた。卒業式の夜、菜摘に報告の電話をかけてみたい気分になった。あやふやながら、電話番号が思い浮かびかけた。だけど、あのときちゃんと別れたのだから、と思いとどまった。
 卒業からほどなくして、ふるさとで地震があった。親元に電話したら、母が出た。お父さんと二人であなたのことを心配してる、と言われてしまった。その後も一年ばかり、引越の荷物運びを続けた。一方、雀荘からはいつしか足が遠のいていた。
 いまになってあらためて、菜摘の部屋のベランダにあった鉢植えのことを思い出す。菜摘は俺に、起き上がるきっかけを与えてくれたんじゃなかろうか。それなのに俺は水やりを怠って、菜摘のベッドでだらしなく眠りこけていた。あのときちゃんと水をやっていれば、サフランはさらに見事な花を咲かせたのかもしれないし、俺ももっとマシな人間になって、菜摘のそばにいられたのかもしれない。


単行本 : 『こんとんの居場所』国書刊行会、二〇二三年四月
*表題作のほか、小説「白い霧」を収録。
[単行本の詳細]https://www.kokusho.co.jp/…
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こんとんの居場所(冒頭)
 作中作から掌篇三篇
 ✿ ハイビスカス 千夜子の話
 ✿ ラフレシア 園田先生の話
 ✿ サフラン 純一の話

掲載誌 : 『小説トリッパー』二〇二〇年秋号(九月十八日発売)
[掲載誌の詳細]https://publications.asahi.com/…

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