「最後のドッジボール」が高校の国語教科書に掲載
「最後のドッジボール」(書肆侃侃房刊『恐竜時代が終わらない』収録作)が高校の国語教科書に載ることになりました。
2種類の教科書で、来春2027年から使用開始となります。下記のサイトで、目次などが紹介されています。一方の教科書では梶井基次郎「檸檬」と、もう一方では太宰治「葉桜と魔笛」と同じ単元に並んでいます。
精選文学国語
新編文学国語
「最後のドッジボール」(書肆侃侃房刊『恐竜時代が終わらない』収録作)が高校の国語教科書に載ることになりました。
2種類の教科書で、来春2027年から使用開始となります。下記のサイトで、目次などが紹介されています。一方の教科書では梶井基次郎「檸檬」と、もう一方では太宰治「葉桜と魔笛」と同じ単元に並んでいます。
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日本大学芸術学部(日芸)にて10月17日、「作家作品論Ⅰ」「エッセイ研究Ⅱ」のゲスト講師を務めてきました。
3限「作家作品論Ⅰ」では、佐藤述人先生との対談形式で、これまで執筆してきた小説のことをお話ししました。「いつか深い穴に落ちるまで」「孤島の飛来人」「恐竜時代が終わらない」「大観音の傾き」など、ほぼすべての発表作に言及したように思います。世の中から大きくずれた存在に心惹かれ、それが書くための想像の起点になる、といった話をしました。事前に谷村順一先生による「いつか深い穴に落ちるまで」の授業も実施されていたとのことで、学生の皆さんから寄せられた質問にもお答えしました。
授業のあいだの空き時間には、放送スタジオなど、学内の施設を見学させていただきました。
5限「エッセイ研究Ⅱ」では、石戸谷直紀先生の導きのもと、「釣り竿とおもり」(小説野性時代 ’20/4)、「北條君が過ごしたインド」(群像 ’19/2)を題材に、エッセイを書くことについてお話ししました。自分にとってエッセイとは、何かを主張するというより過去を見つめ直すための場なのだということを再認識した次第です。その場で「釣り竿とおもり」の全文を朗読するという一幕もありました。文章の書き方の例として、小説「こんとんの居場所」の冒頭も取り上げていただきました。ここで扱われた文章は、当ウェブサイトの作品倉庫に収載しています。
授業のあとには学生さんを交えた懇親会もありました。自身にも学びとなり、励ましを受けた一日でした。
【追記】
12月10日にも、日芸にてゲスト講師を務める機会がありました。5限「出版文化論Ⅱ」にて、新刊『大観音の傾き』を主な事例としながら、小説の執筆と出版にをめぐるお話をしました。小説の一節を朗読する場面もあり、大観音の仙台弁による独白箇所も含めて、新聞連載の第3回「苦しく感じる夜もある」に相当する範囲を読みました。授業のナビゲートをしてくださったのは、10月にもお世話になった石戸谷直紀先生です。このたびもまた、貴重な機会となりました。
『バリ山行』(松永K三蔵、講談社)と『恐竜時代が終わらない』(山野辺太郎、書肆侃侃房)のW刊行記念として、トークイベントを開催することになりました。
2024年10月19日(土)16:00~17:30
オンライン配信にて(1ヶ月アーカイブ視聴可)
主催:本のあるところajiro
松永K三蔵さんの「バリ山行」は、会社勤めと山歩きの細部を緻密に描き出しつつ、不透明な現実世界の確かな手応えを感じさせる魅力的な小説。本物の危機は街にあるのか、山にあるのか。神戸という、街に山が差し迫った土地に根ざした作品でもあります。2024年7月、本作で芥川賞を受賞されています。
本イベントでは、小説のことをはじめ、勤め人暮らしと執筆のこと、デビューまでとデビュー後のこと、オモロイ純文運動のことなどが話題にのぼるのではないかと思います。松永さんのオモロイ話をお楽しみに。
チケットは1,100円(税込)。ライブ配信に加えてアーカイブ視聴にも対応しています。ぜひご覧ください。
お申し込みはこちらから(本のあるところajiro)
イベントのご案内(書肆侃侃房 web侃づめ)
イベント開催を記念して、サイン本のオンライン販売もございます。
【冊数限定サイン本】松永K三蔵『バリ山行』
【冊数限定サイン本】山野辺太郎『恐竜時代が終わらない』
『éclat[エクラ]』9月号(8月1日発売)に、『恐竜時代が終わらない』の書評が載りました。評者は斎藤美奈子さんです。
一部を引用にてご紹介します。
単なる寓話というなかれ。別々の文化を生きるふたり(2頭)は人間社会を先取りした存在ともいえるのだ。(中略)
山野辺太郎のデビュー作は、壮大な地理的スケールで読む人を呆然とさせる作品だった。そして今度は気が遠くなりそうな時間を一瞬で跳び越える。ありえない事実を見てきたように語る話術は一級品。ぜひ騙されていただきたい。
éclat[エクラ] 2024年9月号(Web éclat、集英社)
【追記】
下記のサイトで全文が公開されました。『恐竜時代が終わらない』に加えて、「あわせて読みたい!」として『いつか深い穴に落ちるまで』も取り上げていただいています。
文芸評論家・斎藤美奈子さんおすすめ!今読みたい話題の本3選 (Web éclat)
『母の友』9月号(8月2日発売)に、『恐竜時代が終わらない』の書評が載りました。評者は磯上竜也さんです。
一部を引用にてご紹介します。
けれどはじめは壮大なホラ話か寓話のようだった恐竜たちの記憶も、自身の思い出とともに交互に語られ、本当のこととして丹念に積み重ねられるうちに、次第に確かな手触りをもって積層され、語りの積層が厚くなればなるほど、物語は真実味をもって響きはじめる。そうして最後の風景が語られたとき、あなたの心にもきっと恐竜たちが息づいている。
母の友 2024年9月号(福音館書店)
『クロワッサン』7月25日号(7月10日発売)の「本を読んで、会いたくなって。」のコーナーに、『恐竜時代が終わらない』の著者インタビュー記事が掲載されました。文は鳥澤光さん、写真は石渡朋さんです。
一部を引用にてご紹介します。
中生代から現在まで、いくつもの時間の断片が重ねられ、小説の言葉によって地球史が貫かれ不意につながる『恐竜時代が終わらない』。遠く時を隔てて存在した恐竜という存在に、「同じ地球に生きたもの」として幼い頃から親近感を抱いてきたという山野辺太郎さん。小説を書くにあたって最初にやってきたのは、種の違う恐竜同士が思いを通わせるイメージだったという。
「そこから、エミリオとガビノという男の子たちを結びつける感情や、マレナとフリオという2匹の恋のゆらめきが浮かんできました。それを語る恐竜と、さらにそれを先へと語り継ぐ人間もやってきて、マトリョーシカのような構造を持つ小説になっていったんです」
Croissant No. 1121(マガジンハウス)
【追記】
下記のサイトで全文が公開されました。
『恐竜時代が終わらない』著者、山野辺太郎さんインタビュー。「太古から伝わる恐竜時代の物語です」(クロワッサンONLINE)
『東京新聞』2024年6月26日夕刊の文芸時評で、「最後のドッジボール」が取り上げられました。評者は伊藤氏貴さんです。
一部を引用にてご紹介します。
山野辺太郎の新刊『恐竜時代が終わらない』(書肆侃侃房)の巻末の書き下ろし短編「最後のドッジボール」の父と息子の関係がなんとも心温まる。もし自分に息子がいればぜひとも読ませたものを。
こちらの記事は『北海道新聞』にも掲載され、下記のサイトにアップされています。
<文芸時評>現在の文学の「家族」 「解体」から「共生」へ 新たな姿も 伊藤氏貴(北海道新聞)
(ウェブ上では、サイトの会員向けコンテンツとして掲載されています)
『北國新聞』6月16日付朝刊、『週刊新潮』6月27日号〔20日発売〕、『週刊読書人』6月21日号、『産経新聞』6月23日付朝刊にて、『恐竜時代が終わらない』の書評が載りました。
一部を引用にてご紹介します。
記憶され語られるあいだ、死者は生者の心の中で生き続ける。そのことを思い起こさせる1冊である。
(『北國新聞』杉山欣也さん評)
誰かに語られる話は小さな歯車に過ぎない。しかし、それに噛み合った者たちの生き方を変え、だから死に方も変えてしまう。誰かの口が回る限り、力は消えない。
(『週刊新潮』乗代雄介さん評)
本書を読むと、この「食う」ということが、相手を取り込み一体となって共に延命する愛の行為に見えてくる。
(『週刊読書人』九螺ささらさん評)
恐竜たちの繊細な感情の揺らぎも、実際に見たかのように話す。ありえないのだが、物悲しくもおかしみがある語り口に引き込まれ、読んでいるうちに不思議な真実味も感じられてくるのだ。
(『産経新聞』石井千湖さん評)
『産経新聞』の書評は、下記ページにて全文が公開されています。
記憶を巡る奇想小説 『恐竜時代が終わらない』山野辺太郎著(産経新聞)
【追記】
『週刊新潮』の書評も、下記ページにて全文が公開されました。
さえない中年男性が語る、草食恐竜と肉食恐竜の間に芽生えた切ない友情(Book Bang)
『毎日新聞』6月17日付夕刊の文化面に、『恐竜時代が終わらない』の著者インタビュー記事が掲載されました。ご執筆は同紙記者の関雄輔さんです。
一部を引用にてご紹介します。
「思い出すこと」と「想像する」こと。その二つの行為は、実は表裏一体なのかもしれない。作家の山野辺太郎さんは、新刊『恐竜時代が終わらない』(書肆侃侃房)に収めた2編の小説を書きながら、そんなことを考えたという。
(中略)
山野辺さんは、記憶を「過去に固定されているものではなく、思い出す現在において生成されるもの」と捉える。(中略)
「人間と同じように、記憶も絶えず変化していく。“記憶という生き物”を扱った小説と言えるかもしれません」
(中略)
父との思い出を書き残すにあたり、小説の形をとったことについて、「他人の記憶なら、『その人はこう言った』とドキュメンタリー風に書くこともできますが、自分自身の記憶を扱おうとすると、どうしてもその不確かさに向き合うことになる」と説明する。「そもそも記憶って、想像力の働きを借りなければ取り出せないと思うんです」
Interview 山野辺太郎さん(作家) 「記憶」は変化する生き物 新刊『恐竜時代が終わらない』(毎日新聞)
(ウェブ上では、サイトの会員向けコンテンツとして掲載されています)
『河北新報』6月16日付朝刊の読書面に、『恐竜時代が終わらない』の著者インタビュー記事が掲載されました。ご執筆は同紙記者の菊地弘志さんです。
一部を引用にてご紹介します。
「命の循環の中に生があると考えれば、誰もが逃れられない死をどう捉えるのかも問われる」
(中略)
「一つの点だけで人間を捉えるのではなく、受け継いだものを次の世代に手渡す営みを描きたかった」
(中略)
職業を転々とし、将来の展望も開けない謙吾の現実の人生は報われていないようにも映る。自分を突き放すような謙吾のペーソスあふれる語り口には、痛みそのものよりも痛みを抱える人間の滑稽味が浮かぶ。
「語るに値しなかったはずのものを人前で語ることで自分の生に意味が見いだされ、本人は救われているのかもしれない」
創作に対する姿勢を「自分の中で子どものような発想を呼び覚ますところがある」と分析。科学的につじつまが合わない方がむしろ面白いという。「その分世界を広く眺められる。壮大な『ほら話』のどこかに真実を見いだしてもらえたらうれしい」
インタビュー記事のとなりのページには、連載中の小説「大観音の傾き」第11回が載りました。オンライン版でも、無料の会員登録で全文が読めます。
〈大観音の傾き(11)〉わたしたちは見つめ合っていた 山野辺太郎(河北新報オンライン)
ほかの回も、下記のバックナンバー一覧から読めます。
【ニュース】大観音の傾き(河北新報オンライン)
『Kappo 仙台闊歩』7月号(6月5日発売)に、『恐竜時代が終わらない』の著者インタビュー記事が掲載されました。ご執筆は荒蝦夷・土方正志さんです。
一部を引用にてご紹介します。
突拍子もない設定ながら、どこかとぼけた味わいの岡島のひとり語りを読み進めれば、親子とは、記憶とは、継承とは、あるいは生と死とは生命の循環とは……などなどさまざまな想念が読む者の脳裡に浮かんでやまない。
「前の世代からなにかを受け継いで次の世代に引き渡していく繋がりのなかに人間はあると考えると、切り離された孤独な存在ではない。年齢と共にそんな繋がりを意識するようになりました。孤独の苦しみから抜け出す道筋がそこにあるのかな、と。そんな思いを小説にするならなるべく大きなスケールにしたほうがおもしろいじゃないですか。親子関係を超えて、恐竜時代から続いている生命を感じてみたらどうなるか。まあ、ほら話です(笑)」
Kappo 仙台闊歩 Vol.130 2024年7月号(プレスアート)
新刊『恐竜時代が終わらない』(書肆侃侃房)著者インタビューの動画が公開されました。福岡の版元・書肆侃侃房の直営書店「本のあるところ ajiro」にて撮影したものです。ご覧いただけますと幸いです。
「なんでお父さんは恐竜時代の話を知ってるの、っていうと……」
山野辺太郎『恐竜時代が終わらない』著者の語る本書の魅力(YouTube「書肆侃侃房/本のあるところ ajiro」チャンネル)
『週刊文春』5月30日号(5月23日発売)の「文春図書館 今週の必読」コーナーに、『恐竜時代が終わらない』の書評が載りました。評者は左沢森さんです。
一部を引用にてご紹介します。
《恐竜時代の出来事のお話をぜひ聞かせていただきたい》。世界オーラルヒストリー学会の蓮田由理子なる人物から、奇妙な依頼を受けた岡島謙吾。恐竜時代の出来事というのは、かつて謙吾の父が夜な夜な語り聞かせてくれたジュラ紀のストーリーだ。父もまたその父から聞き繋いだという太古から伝わる物語の噂は、なぜか遠く九州までも届いているそう。謙吾は都内の学会でわずかな聴衆に向けて語り始める。ブラキオサウルスのエミリオ、アロサウルスのガビノらが登場する魅力的な恋物語は、謙吾自身が「絶えず修繕を重ね」たと言うように、語り手の個人史をどこか反映しているように見える。
最後にどんな結末が待っていようと、こうして恐竜時代の記憶は終わらずに、引き継がれていくことになる。恐竜が恐竜を食べるように、血や肉になり栄養分となって種族を超えていく。(中略)
冒頭の時点には戻らずに、どこか投げっぱなしに終わっていくラストがいい。山野辺太郎の語りは物語的円環の中に閉じることなく、誰かに語り直されることを待っているようだ。
「文春オンライン」の下記ページにて全文をお読みいただけます。
父が夜な夜な語り聞かせてくれた「魅力的な恋物語」そこに現れた“ごく個人的な記憶”とは…/左沢森が『恐竜時代が終わらない』(山野辺太郎 著)を読む〔文春オンライン〕
新刊『恐竜時代が終わらない』が書肆侃侃房より発売となりました。
本の帯に、堀江敏幸さんから推薦の言葉を寄せていただきました。
やわらかい言葉と適度なペーソスで、作者は奇想を真実に変える。「恐竜時代」とは、人を信じるための胸のくぼみに積み重ねられた、記憶の帯だ。私たちの心の地層の底にもそれは眠っていて、あなたに掘り起こされる日を静かに待っている。
——堀江敏幸
装丁はアルビレオさん、装画はひうち棚さんがご担当くださいました。愛らしさとなつかしさ、そしてほのかな哀感が同居した、すてきな表紙カバーになったと思います。
帯の裏には、作品の紹介文が載っています。
「恐竜時代の出来事のお話をぜひ聞かせていただきたい」。ある日「世界オーラルヒストリー学会」から届いた一通の手紙には、こう記されていた。
少年時代に行方をくらました父が、かつてわたしに伝えた恐竜時代の記憶。語り継ぐ相手のいないまま中年となったわたしは、心のうちにしまい込んだ恐竜たちの物語――草食恐竜の男の子と肉食恐竜の男の子との間に芽生えた切ない感情の行方を、聴衆の前で語りはじめる。
食う者と食われる者、遺す者と遺される者のリレーのなかで繰り返される命の循環と記憶の伝承を描く長編小説。
表題作ほか、書き下ろし作品「最後のドッジボール」を収録。
リアルにファンタジーが溶け出し、新たな世界へと導く山野辺太郎の真骨頂!
表題作「恐竜時代が終わらない」は『文學界』’21年7月号に掲載。併録作「最後のドッジボール」は書き下ろしです。どちらも父と子をめぐる話でありつつ、長篇と短篇、「終わらない」と「最後」、埼玉県の西と東、というように対をなしているところもあります。
お読みいただけましたら幸いです。
YouTube「山野辺太郎チャンネル」では、冒頭朗読の動画を公開しています。試し聴きを、どうぞ。
山野辺太郎「恐竜時代が終わらない」作者による冒頭朗読(YouTube)
出版社の『恐竜時代が終わらない』紹介ページ(書肆侃侃房)
『恐竜時代が終わらない』を書店サイトで探す
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『恐竜時代が終わらない』関連記事一覧
2024年5月中旬、小説単行本『恐竜時代が終わらない』(書肆侃侃房)が発売となります。
表題作は『文學界』’21年7月号に掲載。書き下ろしの「最後のドッジボール」と併せて、父と子をめぐる長短二篇を収めました。
◇恐竜時代が終わらない
世界オーラルヒストリー学会からの招きを受けて、男は胸のうちに秘めてきた「恐竜時代の出来事」を恐る恐る語りだす。
「僕に、咬みついてもいいんだよ」
(「恐竜時代が終わらない」より)
◇最後のドッジボール
子供のころに聞いた、ドッジボールにまつわる父の秘密。大人になった「僕」は、ふたたび秘密の扉のまえに立つ。
「それは知らない。お父さんに訊いてみれば?」
(「最後のドッジボール」より)
当サイトの「作品倉庫」に「恐竜時代が終わらない(冒頭)」を掲載しています。
下記リンク先のYouTubeでは、朗読動画を公開中です。
山野辺太郎「恐竜時代が終わらない」作者による冒頭朗読(YouTube)
https://youtube.com/watch?v=i2yoldshOUs
出版社の『恐竜時代が終わらない』紹介ページ(書肆侃侃房)
『恐竜時代が終わらない』を書店サイトで探す
amazon|e-hon|honto|honyaclub|kinokuniya|rakuten
「恐竜時代が終わらない」が『文學界』2021年7月号〔6月7日〕に掲載されてから一年あまりが経ちました。これを機に、冒頭を「作品倉庫」に収載しました。縦書きで表示されます。
作品全文は、掲載誌にてお読みいただけます。どうぞよろしくお願いします。
いつか本の形にできるとよいなと思っています。
『文學界』2021年7月号の紹介ページ(文藝春秋)
『文學界』2021年7月号をアマゾンで探す
山野辺太郎「恐竜時代が終わらない」作者による冒頭朗読(YouTube)
12月2日(23:15〜)テレビ朝日系「アメトーーク!」の「本屋で読書芸人」回にて、『いつか深い穴に落ちるまで』単行本と、「恐竜時代が終わらない」(『文學界』7月号)が取り上げられました。番組内でご紹介くださったのは、ラランドのニシダさんです。
おかげさまで、『いつか深い穴に落ちるまで』は発売から3年を経て重版となりました。これを機に、あらたな読者のもとに作品が届いていくことを願っています。
『いつか深い穴に落ちるまで』の紹介ページ
アメトーーク!「本屋で読書芸人」の番組ページ
『文學界』8月号〔7月7日発売〕の新人小説月評、『週刊読書人』7月9日号の〈文芸〉欄、『図書新聞』7月17日号〔7月10日発売〕の文芸時評で、「恐竜時代が終わらない」が取り上げられました。
一部を引用にてご紹介します。
デビュー作「いつか深い穴に落ちるまで」で地球に底のない穴を掘った山野辺太郎は、4作目となる「恐竜時代が終わらない」(學)で地球史を貫く針の穴を探し当てた。(中略)磯﨑憲一郎にも高く評された「小説を信じる力」が強く光って、書き手と読み手の道を照らす。得ることよりも失うことよりも、信じることは強くて辛くて、でもそこにはどうやらひみつの道具が隠されている。
(『文學界』鳥澤光さん評)
山野辺太郎「恐竜時代が終わらない」(『文學界』)は人間/他の生命(恐竜!)、喰う/喰われる、生/死、愛/憎、等の境界を揺さぶり、今ここに在ることの〝業〟を明らめ=諦めている。
(『週刊読書人』川口好美さん評)
山野辺太郎「恐竜時代が終わらない」(「文學界」)は、恐竜時代の記憶に自らの心性を同期させるというワンアイデアで二三〇枚を書ききった執念はあっぱれというしかない。星新一の「午後の恐竜」を想起したが、星作品とは異なり、山野辺作品は徹底的に「現在」を描くために恐竜が召喚されている。
(『図書新聞』岡和田晃さん評)
共同通信の文芸時評「デザインする文学」で、「恐竜時代が終わらない」が取り上げられました。評者は、倉本さおりさんです。
一部を引用にてご紹介します。
山野辺太郎の「恐竜時代が終わらない」(「文学界」7月号)は不思議な読み心地の小説だ。スーパーで働く50歳のしがない男が、なぜか学会にひっぱりだされて講演するところから幕があく。
実はこの男、恐竜時代の記憶を父親から口伝えで引き継いでいるという。太古から続く伝言ゲームの果てにひもとかれるのは、捕食—被食関係にあるはずの恐竜同士が織りなすロマンチックで哀切な物語だ。そこには、子を持たずに人生を終える予感を抱いている男自身の姿をはじめ、社会の論理からはじき出された現実の人間たちの悲哀もまた織り込まれている。
「わたしにとって過去とは、絶えず修繕を重ねながら、幾度となく生き直すための場でもありました」。男の語る物語が寓話にとどまらない奥行きを備えるのは、ロールモデルを失った今の時代をひっそり照らしてくれるからだろう。
「南日本新聞」(6月25日)、「京都新聞」(6月29日)、「山陰中央新報」(同)などに掲載されました。おそらく、ほかにもあるかと思います。——追記:「沖縄タイムス」(7月13日)
紙面には、伊藤健介さんのイラストも掲載されています。
デザインする文学・6月 普通の陰に隠れる恐ろしさ(共同通信・文芸時評)
(リンクは、山陰中央新報のページです。ウェブ上では、サイトの会員向けコンテンツとして掲載されています)
『読売新聞』2021年6月29日朝刊の文芸月評で、「恐竜時代が終わらない」が取り上げられました。評者は、武田裕芸さんです。
狭い世界 あふれる孤独/コロナの現代 風刺巧み (読売新聞・文芸月評)
(ウェブ上では、サイトの会員向けコンテンツとして掲載されています。一部を引用にてご紹介します)
気鋭の作家たちの作品に、光るものがあった。文芸賞で2018年にデビューした山野辺太郎さん(45)の「恐竜時代が終わらない」(文学界)は、父から「恐竜たちの物語」を受け継いだ五十絡みの男性が主人公。彼が少年時代の父との回顧談を織り交ぜ、とつとつと語る物語には、肉食恐竜の友に食べられることで友の一部になれると信じ、命を差し出す草食恐竜の子が登場する。食う者と食われる者との間に、命の贈与による愛は成立するのか。作り話を語ることの愉快さを感じさせつつ、深遠な問いを忍ばせている。