『毎日新聞』2024年12月28日付朝刊読書面の「話題の本」コーナーで、『大観音の傾き』が取り上げられました。ご執筆は武田砂鉄さんです。
一部を引用にてご紹介します。
傾いているはずがないだろう。じっくり見る。傾いているような気もしてくる。このまま倒れてしまうのか。爆破するのはどうかとの案まで出る。そもそも、あの震災を経て、今、大観音の気持ちはいかなるものなのか。
(中略)大観音に感じる悲哀はどこから来るのだろう。読み進めるうちに大観音と一体化し始める自分に気づく。簡素に説明し難い小説だが、体の深部に潜り込んでくる。
今週の本棚・話題の本『大観音の傾き』=武田砂鉄(毎日新聞)
(ウェブ上では、サイトの会員向けコンテンツとして掲載されています)
【追記】
下記のサイトで全文が公開されました。
『大観音の傾き』(中央公論新社) – 著者:山野辺 太郎 – 武田 砂鉄による書評(ALL REVIEWS)
『河北新報』12月22日付朝刊に、『大観音の傾き』刊行記念トークイベントの報告記事が載りました。見出しは〈「大観音の傾き」単行本化記念 山野辺太郎さん 執筆の思い語る 河北新報社で催し〉。一部を引用にてご紹介します。
河北新報朝刊「東北の文芸」面に4〜9月連載された小説「大観音の傾き」を手がけた仙台市出身の作家山野辺太郎さん(49)のトークイベントが21日、⻘葉区の河北新報社本館ホールであった。(中略)
山野辺さんは「なじみのある土地を舞台に書きたい思いはずっとあった。仙台の人はもちろん、遠方の人にもいずれは読んでもらい、仙台の中と外がつながる接点の役目を担えればうれしい」と語った。作品の一部を朗読で披露した。
下記のページに、報告記事とともにイベントのフルタイム動画がアップされています。閲覧には無料の会員登録が必要です。
【動画】河北新報連載小説「大観音の傾き」の作者・山野辺さん、仙台でトークイベント 書籍化記念 挿画担当の樋口さんをゲストに(河北新報オンライン)
また、河北新報オンラインのYouTubeにて、1分弱のダイジェスト動画をご覧いただけます。
【ダイジェスト】作家山野辺太郎さん、仙台で小説「大観音の傾き」出版記念トークショー(YouTube)
12月24日ごろ、角川文庫より『いつか深い穴に落ちるまで』が発売となります。
デビュー作が文庫になりました。初めての文庫です。
村田沙耶香さん、ラランド・ニシダさんに帯の言葉を寄せていただきました。
この小説は、突拍子もないのに生真面目で、奇妙なのに誠実で、愛おしいけれど残酷な、私にとって忘れ難い物語でした。
——村田沙耶香氏
作り込まれたリアリティーと荒唐無稽なファンタジーの狭間を行き来する異空間的小説。
——ニシダ氏(ラランド)
巻末の解説は、豊﨑由美さんがご執筆くださいました。タイトルは「想像力のブレーキペダルを踏まない男」です。
装丁は、『大観音の傾き』と同じく、鈴木成一さんです。深い穴の向こうに光が見える表紙カバーとなっています。
裏表紙には、次のような紹介文が載っています。
だって、近道じゃありませんか。戦後まもない日本で、ブラジルまで直通の穴を掘る前代未聞の新事業が発案された。極秘事業の「広報係」となった鈴木一夫は、計画の前史を調べ、現在まで続く工事の進捗を記録していく。地球の裏の広報係との交流や、事業存続の危機を経て、ついに「穴」が開通したとの報告を受けるが……。奇想天外な発想力で多くの本読みたちを唸らせた、唯一無二のサラリーマン小説。第55回文藝賞受賞作。
初出は『文藝』2018年冬号。河出書房新社から単行本が出たのは、2018年11月のことでした。文庫化に際して、加筆修正をしています。
文庫の記号は、角川文庫[や 75-1]です。よろしくお願いします。
出版社の『いつか深い穴に落ちるまで』紹介ページ(KADOKAWA)
『いつか深い穴に落ちるまで』を書店サイトで探す
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『いつか深い穴に落ちるまで』関連記事一覧
『河北新報』12月10日付朝刊の文化面に、『大観音の傾き』単行本刊行をめぐる著者インタビュー記事が掲載されました。ご執筆は同紙記者の菊地弘志さんです。
山野辺の発言箇所の一部を引用にてご紹介します。小説のモチーフとなった仙台大観音と、舞台の一つである「花咲ヶ丘」についてお話しした箇所です。
「大観音は東日本大震災の災厄を目の当たりにし、重い記憶を背負ったのと同時に、身じろぎもせず、なすすべもなく、という何もできない後ろめたさを抱えていたはず。小説として内なる声を伝えられたのであればよかった」
(中略)
「バブル期に開発されて荒れ放題となったいわゆる『限界ニュータウン』は、今の日本各地にあり得る場所の象徴ではないか。修司は今の自分を変えたい気持ちもあり、居場所を見つけたのだろう。そこに『帰る』というより『還る』という巡っていく感じで、その場所からも見える大観音の導きがあってたどり着いた気がしている」
内なる声 伝えられたら 作家・山野辺太郎さんに聞く 河北新報連載小説「大観音の傾き」単行本刊行(河北新報オンライン)
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記事では、12月21日(土)14時より仙台・河北新報社のホールで開催されるトークイベントも紹介されています。イベントの詳細とお申し込みは下記サイトにて。
お申し込みはこちらから(荒蝦夷)
単行本『大観音の傾き』(中央公論新社)の刊行を記念して、冒頭朗読の動画をYouTube「山野辺太郎チャンネル」にて公開しました。河北新報連載の第1回分まで読んでいます。
「東北の大きな街の丘のうえに、白くて異様に巨大なものがそびえ立っている。全身純白の大観音だ。そのすぐ近くまで、ついに修司はやってきた」
山野辺太郎「大観音の傾き」作者による冒頭朗読(YouTube)
下記のサイトにて、他の発表作の冒頭朗読も公開中です。
山野辺太郎チャンネル(YouTube)
河北新報の連載小説「大観音の傾き」が中央公論新社より単行本化されたのを記念して、トークイベントが開催されます。
ゲスト:樋口佳絵さん(画家、連載の挿画担当)
司会:土方正志さん(荒蝦夷、連載の編集担当)
主催:河北新報社、中央公論新社 共催:荒蝦夷
定員:100人(入場無料)、要申し込み
オンライン視聴も可能 ※【追記2】参照
大観音の傾きをめぐるあれこれを、樋口佳絵さん、土方正志さんとともに語ります。
当日は書籍の販売や、サイン会もあります。新刊『大観音の傾き』、既刊『孤島の飛来人』(中央公論新社)に加え、デビュー作の文庫化『いつか深い穴に落ちるまで』(角川文庫)の先行販売も。
会場では、新聞連載時の樋口佳絵さんの挿画が絵巻風に展示されます。こちらもぜひお楽しみに!
お申し込みはこちらから(荒蝦夷)
『河北新報』12月3日付朝刊に、イベントの告知記事が載りました。
朝刊小説「大観音の傾き」の作家・山野辺太郎さんトークショー 仙台で21日、単行本化記念(河北新報オンライン)
単行本『大観音の傾き』は、12月6日ごろ発売です。
出版社の『大観音の傾き』紹介ページ(中央公論新社)
【追記1】
イベントのご案内の画像ができました。ポスターにも、チラシにもなります。
貼り場所や置き場所に思い当たるところのあるかた、画像をダウンロード、印刷してご利用いただけましたら幸いです。A4ですが拡大・縮小も自由です。
『大観音の傾き』トークイベントのご案内(JPEGデータ)

【追記2】
本イベントがオンライン視聴に対応しました。下記のリンク先にアクセスしてください。
有料記事と表示されますが、河北新報オンラインへの無料会員登録で視聴できます。
ライブ配信に加えて、イベント終了後の視聴も可能です。
【動画】作家・山野辺太郎さんのトークショー映像、河北新報オンラインで21日配信 朝刊小説「大観音の傾き」単行本化記念(河北新報オンライン)
新刊『大観音の傾き』が中央公論新社より12月6日ごろ、発売となります。
本の帯には、松永K三蔵さんに推薦の言葉を寄せていただきました。
ひとり立ち続ける大観音の寂しさと慈しみ。声にならない声が、今、語られる。私は読みながら泣き、笑い、また泣いた。
——松永K三蔵氏
装丁は鈴木成一さんがご担当くださいました。表紙カバーの青空に映える仙台大観音の写真も、鈴木さんご自身が撮影されたものだそうです。
作品の紹介文が、帯の裏に載っています。
東北の大きな街の市役所の新入職員・高村修司。彼のいる出張所の近くには、白くて異様に巨大な大観音が立っている。あの大震災をきっかけに、近隣住民のなかに「大観音が傾いた」という者たちが現れ、その足元を押しはじめて数年が経っていた。大観音は傾いているのか、いないのか。修司はさまざまな人に出会い、ときに翻弄されながら、対応策を求めて奔走する——。
本作品は、『河北新報』2024年4月7日〜9月29日、毎週日曜朝刊の読書面に連載されたものです。書籍化にあたって加筆修正をおこなっています。
市役所の新人・高村修司と、丘に立つ大観音。この二人を中心とした「お仕事小説」でもあります。お読みいただけましたら幸いです。
出版社の『大観音の傾き』紹介ページ(中央公論新社)
『大観音の傾き』を書店サイトで探す
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『大観音の傾き』関連記事一覧
「大観音の傾き」と「こんとんの居場所」が、『河北新報』で取り上げられました。
「大観音の傾き」のほうは、10月16日付朝刊「紙面スキャナー」にて言及されています。ご執筆は小地沢将之さんです。一部を引用にてご紹介します。
読書面の小説「大観音の傾き」が9月いっぱいで終了し、10月2日の文化面には著者の山野辺太郎さんによる寄稿が掲載された。物語の中でも重要な存在である仙台大観音を「あのおかた」と呼んでしまうあたりに、山野辺さんの人柄が浮かび上がる。
「こんとんの居場所」のほうは、10月22日付朝刊の記事にて、幻想小説の魅力を語り合うイベントについて報じるなかで言及されています。記事によると、イベントは同月19日、仙台のイービーンズにて開催。黒木あるじさん、植松靖夫さん、東雅夫さんが参加されたとのことです。こちらも一部を引用にてご紹介します。
黒木さんは、仙台市出身の作家山野辺太郎さんの小説「こんとんの居場所」を推薦。「不思議な手触りがあり、先が見えない。幻想文学好きの人に読んでほしい」と語った。
両記事は、オンライン版にも掲載されています。
[紙面センサー]災害の経験、広く伝えて/小地沢将之(宮城大事業構想学群准教授)(河北新報オンライン)
山形の作家・黒木あるじさんら 幻想文学の魅力伝える 仙台でトークイベント、お薦め作品紹介も(河北新報オンライン)
(ウェブ上では、サイトの会員向けコンテンツとして掲載されています)
日本大学芸術学部(日芸)にて10月17日、「作家作品論Ⅰ」「エッセイ研究Ⅱ」のゲスト講師を務めてきました。
3限「作家作品論Ⅰ」では、佐藤述人先生との対談形式で、これまで執筆してきた小説のことをお話ししました。「いつか深い穴に落ちるまで」「孤島の飛来人」「恐竜時代が終わらない」「大観音の傾き」など、ほぼすべての発表作に言及したように思います。世の中から大きくずれた存在に心惹かれ、それが書くための想像の起点になる、といった話をしました。事前に谷村順一先生による「いつか深い穴に落ちるまで」の授業も実施されていたとのことで、学生の皆さんから寄せられた質問にもお答えしました。
授業のあいだの空き時間には、放送スタジオなど、学内の施設を見学させていただきました。
5限「エッセイ研究Ⅱ」では、石戸谷直紀先生の導きのもと、「釣り竿とおもり」(小説野性時代 ’20/4)、「北條君が過ごしたインド」(群像 ’19/2)を題材に、エッセイを書くことについてお話ししました。自分にとってエッセイとは、何かを主張するというより過去を見つめ直すための場なのだということを再認識した次第です。その場で「釣り竿とおもり」の全文を朗読するという一幕もありました。文章の書き方の例として、小説「こんとんの居場所」の冒頭も取り上げていただきました。ここで扱われた文章は、当ウェブサイトの作品倉庫に収載しています。
授業のあとには学生さんを交えた懇親会もありました。自身にも学びとなり、励ましを受けた一日でした。
【追記】
12月10日にも、日芸にてゲスト講師を務める機会がありました。5限「出版文化論Ⅱ」にて、新刊『大観音の傾き』を主な事例としながら、小説の執筆と出版にをめぐるお話をしました。小説の一節を朗読する場面もあり、大観音の仙台弁による独白箇所も含めて、新聞連載の第3回「苦しく感じる夜もある」に相当する範囲を読みました。授業のナビゲートをしてくださったのは、10月にもお世話になった石戸谷直紀先生です。このたびもまた、貴重な機会となりました。
『河北新報』10月2日付朝刊の文化面に、エッセイを寄稿しました。「連載を終えて」という題をいただき、書いたものです。見出しは〈朝刊小説「大観音の傾き」連載を終えて 山野辺太郎さん 脳裏に大仏と支え合う姿〉。
一部を引用にてご紹介します。
二〇一一年の秋、仙台の仮設住宅地をワゴン車でまわる移動図書館に、スタッフとして参加した。東京で会社勤めをしていたものの、その活動に一週間だけ時間を振り向けることが許されてのことだった。その年の三月に起こった東日本大震災の惨禍は、震源から離れたところに暮らす人々の心にも痛みをもたらしていた。まして東北、仙台は、僕が大人になるまでのあいだ少なからぬときを過ごした土地だった。
(中略)
いつしか、仙台の丘陵地に立つ大観音のことが、きたるべき小説の登場人物として頭に浮かぶようになっていた。あのおかたは丘のうえにいて、大きな地震のあったとき、海から陸地へとせり上がってきた黒い水のかたまりを身じろぎもできずに見つめていた。直接ではなく映像を通して触れた者も含め、なすすべもなく目撃者となるしかなかった人々の痛みに通底するものを、あの巨大な体に抱えて立ちつづけているのだ。
河北新報オンラインでも公開されており、無料の会員登録で全文が読めます。
朝刊小説「大観音の傾き」連載を終えて 山野辺太郎さん 脳裏に大仏と支え合う姿(河北新報オンライン)
また、同日の「デスク日誌」でも、「連載小説」と題して「大観音の傾き」を取り上げていただいています。ご執筆は同紙文化部の渡辺ゆきさんです。
こちらも一部を引用にてご紹介します。
小説は東日本大震災や地方都市の地域事情に触れる部分も。主人公の心模様をたどるうち、仙台と二重写しのもう一つの現実を共に生きた気分になった。
市在住の画家樋口佳絵さんの挿絵は荘厳でポップな大観音をはじめ、タンポポの綿毛をふわりと描く画力に魅せられた。24話の海辺に立つ主人公を見て以降、小説を届け終える安堵感とも喪失感ともつかない不思議な気持ちになっている。
デスク日誌(10/2):連載小説(河北新報オンライン)
『河北新報』掲載の連載小説「大観音の傾き」が最終回を迎えました。
2024年4月7日の第1回から9月29日の第26回まで毎週日曜朝刊、樋口佳絵さんの挿絵とともに、読書面(「東北の文芸」面)での連載でした。半年間のご愛顧、ありがとうございました。
各回、冒頭に小見出しをつけていました。これは作中のフレーズをそのまま抜き出したものです。各回の掲載日と小見出しの一覧を以下に掲げます。
第1回(4月7日)傾いているのか、いないのか
第2回(4月14日)目視では傾きを確認できず
第3回(4月21日)苦しく感じる夜もある
第4回(4月28日)煙のなかに呑み込まれるように
第5回(5月5日)平穏な日常の担い手になりたい
第6回(5月12日)人間は互いに仕事を作り出す
第7回(5月19日)ここさ立ちつづけねばなんねのさ
第8回(5月26日)見知らぬ場所をほっつき歩きたい
第9回(6月2日)大観音の使者になる
第10回(6月9日)絶頂には終わりがあった
第11回(6月16日)わたしたちは見つめ合っていた
第12回(6月23日)コーヒーミルで豆を挽く
第13回(6月30日)人間からタンポポへ
第14回(7月7日)想像することしかできない
第15回(7月14日)爆破だなんてとんでもない
第16回(7月21日)着地点はここだぞ
第17回(7月28日)大きなおかた同士
第18回(8月4日)これが対応策です
第19回(8月11日)わたしだって飛べる
第20回(8月18日)頭のなかをのぞいてみたい
第21回(8月25日)きっと誰だって押してみたくなる
第22回(9月1日)断然ペタンク
第23回(9月8日)ポケットから笛を取り出す
第24回(9月15日)海だけは、ずっと
第25回(9月22日)静かな祭り
第26回(9月29日)夜明けの光に包まれて
この連載は新聞紙面のほか、オンラインでも公開されました。下記のバックナンバー一覧から、無料の会員登録で1日1回分まで全文が読めます。
【ニュース】大観音の傾き(河北新報オンライン)
『バリ山行』(松永K三蔵、講談社)と『恐竜時代が終わらない』(山野辺太郎、書肆侃侃房)のW刊行記念として、トークイベントを開催することになりました。
2024年10月19日(土)16:00~17:30
オンライン配信にて(1ヶ月アーカイブ視聴可)
主催:本のあるところajiro
松永K三蔵さんの「バリ山行」は、会社勤めと山歩きの細部を緻密に描き出しつつ、不透明な現実世界の確かな手応えを感じさせる魅力的な小説。本物の危機は街にあるのか、山にあるのか。神戸という、街に山が差し迫った土地に根ざした作品でもあります。2024年7月、本作で芥川賞を受賞されています。
本イベントでは、小説のことをはじめ、勤め人暮らしと執筆のこと、デビューまでとデビュー後のこと、オモロイ純文運動のことなどが話題にのぼるのではないかと思います。松永さんのオモロイ話をお楽しみに。
チケットは1,100円(税込)。ライブ配信に加えてアーカイブ視聴にも対応しています。ぜひご覧ください。
お申し込みはこちらから(本のあるところajiro)
イベントのご案内(書肆侃侃房 web侃づめ)
イベント開催を記念して、サイン本のオンライン販売もございます。
【冊数限定サイン本】松永K三蔵『バリ山行』
【冊数限定サイン本】山野辺太郎『恐竜時代が終わらない』
『éclat[エクラ]』9月号(8月1日発売)に、『恐竜時代が終わらない』の書評が載りました。評者は斎藤美奈子さんです。
一部を引用にてご紹介します。
単なる寓話というなかれ。別々の文化を生きるふたり(2頭)は人間社会を先取りした存在ともいえるのだ。(中略)
山野辺太郎のデビュー作は、壮大な地理的スケールで読む人を呆然とさせる作品だった。そして今度は気が遠くなりそうな時間を一瞬で跳び越える。ありえない事実を見てきたように語る話術は一級品。ぜひ騙されていただきたい。
éclat[エクラ] 2024年9月号(Web éclat、集英社)
【追記】
下記のサイトで全文が公開されました。『恐竜時代が終わらない』に加えて、「あわせて読みたい!」として『いつか深い穴に落ちるまで』も取り上げていただいています。
文芸評論家・斎藤美奈子さんおすすめ!今読みたい話題の本3選 (Web éclat)
『母の友』9月号(8月2日発売)に、『恐竜時代が終わらない』の書評が載りました。評者は磯上竜也さんです。
一部を引用にてご紹介します。
けれどはじめは壮大なホラ話か寓話のようだった恐竜たちの記憶も、自身の思い出とともに交互に語られ、本当のこととして丹念に積み重ねられるうちに、次第に確かな手触りをもって積層され、語りの積層が厚くなればなるほど、物語は真実味をもって響きはじめる。そうして最後の風景が語られたとき、あなたの心にもきっと恐竜たちが息づいている。
母の友 2024年9月号(福音館書店)
『クロワッサン』7月25日号(7月10日発売)の「本を読んで、会いたくなって。」のコーナーに、『恐竜時代が終わらない』の著者インタビュー記事が掲載されました。文は鳥澤光さん、写真は石渡朋さんです。
一部を引用にてご紹介します。
中生代から現在まで、いくつもの時間の断片が重ねられ、小説の言葉によって地球史が貫かれ不意につながる『恐竜時代が終わらない』。遠く時を隔てて存在した恐竜という存在に、「同じ地球に生きたもの」として幼い頃から親近感を抱いてきたという山野辺太郎さん。小説を書くにあたって最初にやってきたのは、種の違う恐竜同士が思いを通わせるイメージだったという。
「そこから、エミリオとガビノという男の子たちを結びつける感情や、マレナとフリオという2匹の恋のゆらめきが浮かんできました。それを語る恐竜と、さらにそれを先へと語り継ぐ人間もやってきて、マトリョーシカのような構造を持つ小説になっていったんです」
Croissant No. 1121(マガジンハウス)
【追記】
下記のサイトで全文が公開されました。
『恐竜時代が終わらない』著者、山野辺太郎さんインタビュー。「太古から伝わる恐竜時代の物語です」(クロワッサンONLINE)
『東京新聞』2024年6月26日夕刊の文芸時評で、「最後のドッジボール」が取り上げられました。評者は伊藤氏貴さんです。
一部を引用にてご紹介します。
山野辺太郎の新刊『恐竜時代が終わらない』(書肆侃侃房)の巻末の書き下ろし短編「最後のドッジボール」の父と息子の関係がなんとも心温まる。もし自分に息子がいればぜひとも読ませたものを。
こちらの記事は『北海道新聞』にも掲載され、下記のサイトにアップされています。
<文芸時評>現在の文学の「家族」 「解体」から「共生」へ 新たな姿も 伊藤氏貴(北海道新聞)
(ウェブ上では、サイトの会員向けコンテンツとして掲載されています)
『北國新聞』6月16日付朝刊、『週刊新潮』6月27日号〔20日発売〕、『週刊読書人』6月21日号、『産経新聞』6月23日付朝刊にて、『恐竜時代が終わらない』の書評が載りました。
一部を引用にてご紹介します。
記憶され語られるあいだ、死者は生者の心の中で生き続ける。そのことを思い起こさせる1冊である。
(『北國新聞』杉山欣也さん評)
誰かに語られる話は小さな歯車に過ぎない。しかし、それに噛み合った者たちの生き方を変え、だから死に方も変えてしまう。誰かの口が回る限り、力は消えない。
(『週刊新潮』乗代雄介さん評)
本書を読むと、この「食う」ということが、相手を取り込み一体となって共に延命する愛の行為に見えてくる。
(『週刊読書人』九螺ささらさん評)
恐竜たちの繊細な感情の揺らぎも、実際に見たかのように話す。ありえないのだが、物悲しくもおかしみがある語り口に引き込まれ、読んでいるうちに不思議な真実味も感じられてくるのだ。
(『産経新聞』石井千湖さん評)
『産経新聞』の書評は、下記ページにて全文が公開されています。
記憶を巡る奇想小説 『恐竜時代が終わらない』山野辺太郎著(産経新聞)
【追記】
『週刊新潮』の書評も、下記ページにて全文が公開されました。
さえない中年男性が語る、草食恐竜と肉食恐竜の間に芽生えた切ない友情(Book Bang)
『毎日新聞』6月17日付夕刊の文化面に、『恐竜時代が終わらない』の著者インタビュー記事が掲載されました。ご執筆は同紙記者の関雄輔さんです。
一部を引用にてご紹介します。
「思い出すこと」と「想像する」こと。その二つの行為は、実は表裏一体なのかもしれない。作家の山野辺太郎さんは、新刊『恐竜時代が終わらない』(書肆侃侃房)に収めた2編の小説を書きながら、そんなことを考えたという。
(中略)
山野辺さんは、記憶を「過去に固定されているものではなく、思い出す現在において生成されるもの」と捉える。(中略)
「人間と同じように、記憶も絶えず変化していく。“記憶という生き物”を扱った小説と言えるかもしれません」
(中略)
父との思い出を書き残すにあたり、小説の形をとったことについて、「他人の記憶なら、『その人はこう言った』とドキュメンタリー風に書くこともできますが、自分自身の記憶を扱おうとすると、どうしてもその不確かさに向き合うことになる」と説明する。「そもそも記憶って、想像力の働きを借りなければ取り出せないと思うんです」
Interview 山野辺太郎さん(作家) 「記憶」は変化する生き物 新刊『恐竜時代が終わらない』(毎日新聞)
(ウェブ上では、サイトの会員向けコンテンツとして掲載されています)
『河北新報』6月16日付朝刊の読書面に、『恐竜時代が終わらない』の著者インタビュー記事が掲載されました。ご執筆は同紙記者の菊地弘志さんです。
一部を引用にてご紹介します。
「命の循環の中に生があると考えれば、誰もが逃れられない死をどう捉えるのかも問われる」
(中略)
「一つの点だけで人間を捉えるのではなく、受け継いだものを次の世代に手渡す営みを描きたかった」
(中略)
職業を転々とし、将来の展望も開けない謙吾の現実の人生は報われていないようにも映る。自分を突き放すような謙吾のペーソスあふれる語り口には、痛みそのものよりも痛みを抱える人間の滑稽味が浮かぶ。
「語るに値しなかったはずのものを人前で語ることで自分の生に意味が見いだされ、本人は救われているのかもしれない」
創作に対する姿勢を「自分の中で子どものような発想を呼び覚ますところがある」と分析。科学的につじつまが合わない方がむしろ面白いという。「その分世界を広く眺められる。壮大な『ほら話』のどこかに真実を見いだしてもらえたらうれしい」
インタビュー記事のとなりのページには、連載中の小説「大観音の傾き」第11回が載りました。オンライン版でも、無料の会員登録で全文が読めます。
〈大観音の傾き(11)〉わたしたちは見つめ合っていた 山野辺太郎(河北新報オンライン)
ほかの回も、下記のバックナンバー一覧から読めます。
【ニュース】大観音の傾き(河北新報オンライン)